M-1で優勝するために必要なこと M-1 2007年(第7回)の考察その2

AmazonプライムでM-1を鑑賞中です。2001年に始まったM-1を一気にみて感想を書いています。今回は2007年に開催されたM-1グランプリ第7回大会を観ての感想の続きです。

もひかん
練習量の話が出てきますよ。
にんさん
練習すればするほどヘタになるものなーんだ。

ザブングル えみちゃんねる出演決定

今年は笑い飯はトップバッターです。順番に恵まれなかったからか開き直っていて面白かったです。

昨年の雪辱を果たすべく熱くなっているポイズンガールバンドからは緊張感が伝わってきました。でも鳥取と島根のネタで優勝を狙っていたんでしょうか。大竹まことは今年もにこやかに見守ってくれているので安心してください。

ザブングルは審査後、上沼恵美子に推されていました。最近では恒例になった「確実にえみちゃんねるに呼ばれますよ」の今田耕司のセリフはこの年から始まったんですね。

「練習量が見える漫才」とは

キングコングはオール巨人に「練習量がみえる」と褒められていましたが、この「練習量が見える」ことは漫才師にとって褒め言葉といえるのでしょうか?初めて聞いたかのようにツッコむのも、うまければうまいほど「めっちゃ練習したんだー」と思われたら恥ずかしくないですか?オール巨人は色々な賞レースの審査員をしてきて、よく「練習量が見えた」ことを審査対象に加えるのですが、そのことに関してずっと違和感があります。私には「練習しすぎて新鮮さがない」という意味の嫌味に聞こえてしまいます。ある漫才コンビ(漫才大賞をとったレベルのコンビ)はあえてあまり練習しないようにしていると言っていましたし。個人的には練習量が見えない漫才のほうが好きです。練習しすぎるとアドリブがきかなくなったり、客の反応によって間合いを変えることができなくなってしまい、客が置いていかれて二人の世界でやっているだけになっているイメージがあります。M-1で優勝するにはある程度テンポの速い漫才をしなければならないので、そうなると練習は必要になってきます。なので、どちらが良いと一概には言えないかもしれません。これは永遠のテーマです。

M-1で優勝するために必要なこと

敗者復活の紹介VTRのあとサンドイッチマンが登場したときはトリハダが立ちました。この二人の人生のターニングポイントとなる瞬間なんだな、とゾクゾクしました。最終決戦進出決定後の伊達ちゃんの「もうネタがないです」もハードルを下げるための空気作りで、本当にうまかったです。観客と審査員と司会者の心を全部持っていっていました。このロビー活動的な技術は私は2004年のアンタッチャブルから学びましたが、伊達ちゃんも同じように学んでいたのでしょうか。それとも天性のものでしょうか。コンビのバランスもよくて、サンドウィッチマンはたまたまではなく、やはり売れるべくして売れたことがわかります。

アンタッチャブルから学ぶ、優勝するために必要なこと

サンドウィッチマンの優勝でM-1の意義を理解した

2007年のM-1は最後に優勝が決まった瞬間、いちばん泣けて、感動する回かもしれません。後々2人の人柄やM-1に至るまでの苦労を知るわけですが、今それを知った上で見ると、抱き合って握手した2人に泣けてきます。紳助がM-1を企画したのは、サンドウィッチマンのように面白いのに売れていない芸人を発掘して花を持たせるためもあったんじゃないかと私は思っています。このあとのサンドウィッチマンの活躍をみると、今年はまさに紳助がやりたかったことそのものなんじゃないかと思います。

もひかん
うぐぅ~~

続いては

上戸彩とオードリーの大躍進 M-1 2008年(第8回)の考察その1

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