M-1アナザーストーリーあの日人生が変わった
M-1アナザーストーリーあの日人生が変わったを観ての感想です。
ナレーションは佐々木蔵之介です。冒頭の「破れたものたちにとっても今大会は大きな転機となった。いや、そもそも彼らは本当に敗者なのだろうか」というくだりでもう泣けてきました。
芸人が廊下でネタ合わせしている姿が映し出されていて真剣さが伝わってきました。一瞬映った和牛水田がゾンビになっていて笑ってしまいました。
各コンビのアナザーストーリー
くしくもトップバッターに選ばれてしまった見取り図でしたが、「あたおか」をピックアップしてくれて嬉しいです。
スーパーマラドーナとギャロップは暴言騒動があったせいかサラッと流されて終わりました。スーマラは「ラストイヤー」かつ「1番M-1のこと思ってるキャラ」かつ私の中で「スーマラ田中は2018年のM-1裏MVP」だったので残念です。
かまいたちは昔の映像が懐かしいですね。
2009年の準決勝でネタがとんでしまったあと、山内が胸に手をあてているのが愛おしかったです。今年はネタのあと、配点前にかなりのガッツポーズをしたのに点数が思ったより低くて切なかったですね。「点数もうちょい高くても良かった説」には賛成ですが、後半で少し聞き取りづらい部分があったし、今冷静にみると妥当だったのかもしれません。
とはいえ2018年はときおり映る客席が年齢層高めだったしなんか会場の雰囲気に違和感がありますよね。このかまいたちのあとあたりから演者の気が引き締まったのか、お客さんの雰囲気をつかみ出したんじゃないでしょうか。野球もだいたい4~5回くらいから球筋がみえて波に乗れますもんね。
この番組はアナザーストーリーであって、裏側じゃないんですね。カメラがあんだけ向けられてて裏の顔出せるわけないですもんね。芸人って大変な仕事ですね。何個もレイヤーが必要というか。舞台裏でもスイッチを入れたままにしておかないといけないんですね。とろサーモン久保田のインスタライブが真の裏側ですよね。
M-1の欠点が浮き彫りに
ジャルジャルの幼き頃の映像かわいいです。
“コント師”ジャルジャルの“漫才”を漫才と認めないことと、キングオブコント優勝のかまいたちの点数が低いことから、コントで成功すると漫才をしててもコントに見えてしまうのかも、と思えてきました。スーマラも和牛も設定に入ってコントしてるけど漫才と見なされてるのが不思議です。2010年のジャルジャルのネタが異端児すぎて点数付けにくいのはわかりますけども。
2015年は中川家礼二が89点ですが、隣のますたおかだの増田も地味に89点で認めていないですね。チュートリアル徳井とフットボールアワー岩尾は96点でしたね。
中川家礼二は嫉妬心というか漫才師のプライドからの点数だと思うのであんまり気にしなくていいと思うんですが、ジャルジャルは真面目で素直だから「認められたい」とか思っちゃうんですね。
M-1のダメなところは面白いかどうかの前に「これは漫才なのか」という批評が入ってしまうところですね。一般人からするとちょっと冷めてしまうんですよね。コントの大会で「これはコントじゃなくて漫才」なんて批評聞いたことないですから。漫才の方が格下というか、狭いところでやってるという証拠ですね。制限があるからこそ面白いというのもあるんでしょうけど。漫才の定義って何なんでしょう。マイクの前で面白いことをすれば漫才ではないんですか?
ジャルジャルはこれからは漫才のことは忘れてコントで面白いと思うことをもっと発信してほしいです。面白いを通り越した、あのなんともいえない感覚を生涯味合わせてほしいです!古い先輩や枠にはめようとしてくる人に潰されてはいけません!彼らの笑いの感性は国宝級です!お笑い界みんなで守って育てていかねばならない才能です!
続きはこちら M-1アナザーストーリー 敗者なんていない
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